記録が間違っていたら、AIは間違える
2026/09/21
いつもご覧いただきありがとうございます。連載の第11回です。
ここまで10回、当社のAIの使い方を書いてきました。残り2回で、この全部が前提にしていることを書きます。
この回が効くのは、リスクの低減です。
- 記録に誤りが1つ入ると、AIはそれを前提に、整った誤答を出します。
- 整っているぶん、かえって気づきにくい。
- 前提を判定できるのは人です。とくに「常識に反していないか」は経験からしか出ません。
AIは、記録を疑わない
第1回で、当社は引き継ぎファイルを38本持っていると書きました。第3回では、共通ルールが5万3千字あると書きました。作業要領は12本です。
AIは、これらを正しいものとして読みます。
たとえば引き継ぎファイルに、柱の断面が誤って書いてあったとします。AIはその断面で図面を描き、その断面で検算し、その断面を前提に部材リストを作ります。全部、整合します。
ここが厄介なところです。誤った前提から出てきた成果物は、内部的には矛盾していません。図面と計算書の数字は一致します。部材リストとも合います。第7回に書いた「別のセッションによる検算」も通ってしまいます。検算しているのは「書いてあることと実物が合っているか」だからです。
整っているぶん、かえって気づきにくい。手書きの時代なら、明らかにおかしい数字は書いている途中で違和感が出ました。整った出力には、その違和感がありません。
つまり、この連載で書いてきた仕組みは、全部「記録が正しいこと」の上に乗っています。土台が傾けば、上に建てたものは全部傾きます。
実際にあった例
抽象論では伝わらないので、実例を挙げます。いずれも当社で実際に起きたことです。
1. 表そのものが古かった
AIが基礎の寸法を誤ったことがあります。参照した表の値をそのまま使ったのですが、その表自体が古いものでした。
AIの処理は正しく、参照も正確でした。参照先が間違っていただけです。この種の誤りは、AIには見抜けません。
このとき記録に残したのは「気をつける」ではなく、寸法を決める計算式そのものでした。以後は、表を見つけても必ずその式で検算します。表と式が食い違えば、そこで止まります。
2. ソフトの既定値が、そのまま計算されていた
既存の建物を現行の基準に照らして評価する業務でのことです。
計算結果を確認したところ、柱脚のアンカーボルトがM20で計算されていました。図面を見ると、実際は4-M16です。ソフトの既定値がM20で、そこが変更されていなかった。
検定比は0.57から0.71に変わりました。判定が変わりうる差です。
同じ案件で、ほかにも3つ見つかりました。基礎の計算が実行されておらず「該当しない」と出力されていたこと。地盤の許容支持力度が省略値のままだったこと。設計者の情報欄が空だったこと。
いずれも、出力は整っていました。「該当しない」は、計算していないという意味だったのに、出力を読む限りでは該当しないように読めます。
これに気づくには、「この規模の建物でこの章が空になるはずがない」という感覚が要ります。これはAIには持てません。
3. マニュアルに式が載っていなかった
柱脚のベースプレートの面外曲げについて、ソフトのヘルプに計算式が載っていませんでした。
こういうとき、いちばんやってはいけないのが「たぶんこうだろう」で埋めることです。前回の連載の最終回に書いたとおり、推測で埋めた前提の上に作業が積み上がり、外れていたことに気づくのはずっと後になります。
やったのは逆でした。出力された値から式を逆算し、条件の違う2ケースで一致することを確かめてから使いました。その結果を記録に残しています。
「マニュアルに載っていないので、こう推定した」ではなく、「2ケースで検証して確定した」と書けるかどうか。この差が、1年後の記録の信頼性を決めます。
4. 「読み込めない」のは、中身のせいではなかった
第8回に書いた、ST-Bridgeを9版作り直した話です。
原因はファイルの中身ではなく、ソフト側の読み込みモードの選択でした。「中身が悪いはずだ」という前提が誤っていたので、その前提の上でいくら試しても解決しませんでした。
このとき記録に残したのは、「まず読み込みモードを疑う。中身を疑うのはその後」という順序でした。順序が書いてあれば、次は9版も要りません。
では、誰が誤りを排除するのか
以上の4つに共通しているのは、AIの処理は正しかったということです。誤っていたのは前提のほうでした。
前提を判定できるのは、人です。当社では、記録に何を書き、何を書かないかを、次の4つで判断しています。
| 判定 | 中身 | 誰にできるか |
|---|---|---|
| 出典があるか | 便覧、基準書、ソフトのマニュアル、既存の正常なデータ。どれかで裏が取れるか | 調べれば誰でも |
| 桁と単位が合うか | 自重の積み上げと鉛直反力の総和が合うか、など | 手順を決めれば機械にもできる |
| 常識に反していないか | この規模でこの数字は出ない。この章が空になるはずがない | 経験からしか出ない |
| 現場で成立するか | この納まりは施工できない。この鋼材は現地で手に入らない | 経験からしか出ない |
上2つは仕組みに載せられます。下2つは載せられません。
そして、AIが誤った出力をするとき、たいてい引っかかるのは下2つのほうです。上2つで弾ける誤りは、そもそも仕組みが弾いています。
「指示の質は経験からしか出ない」の、その先
前回の連載の第1回で、こう書きました。
AIに何をさせるかを決められるのは、その作業を自分でやったことがある人間だけです。
この連載を書き終えて、もう一段あることが分かりました。
記録の質も、経験からしか出ません。
何を書くかだけではありません。
- 何を書かないか。確証のないものを、確証があるように書かない
- 何を消すか。古くなった記述を残すと、次が誤読する(第6回)
- 確定してよいかの判断。当社では検討中のものに「未確定」の印を付けています。確定に切り替える判断は、こちらがしています
- どれが効いたのかの判断。第4回に書いた「うまくいった型」の5項目は、AIに分析させたものですが、5項目に絞ったのはこちらです。うまくいった日には20も30も要因の候補が挙がります。そのうち本当に効いたのがどれかを見分けるのは、経験の仕事です
AIは記録を書けます。しかし、記録に何を残す価値があるかは決められません。
発注者・意匠事務所にとって何が良くなるか
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| リスクの低減 | 整った誤答を、経験で弾いています。仕組みでは弾けない種類の誤りです |
おわりに
次回が最終回です。では、その記録を管理しているのは誰なのか。当社の立ち位置を書きます。
国内・海外を問わず、構造に係ることでしたらお問い合わせからご相談ください。新築の構造設計、耐震診断と補強設計、構造計算のレビュー、企画段階のコンサルティング、海外基準での設計まで承っています。
これまでのプロジェクトはギャラリーに、当社の考え方はポリシーにまとめています。
第10回|うちは「運用」で取りに行く
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建築と一体化した構造への挑戦
建築の構想を実体化する設計
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