速いほうを、あえて選ばない
2026/09/14
いつもご覧いただきありがとうございます。連載の第8回です。
前回は、作業中に横やりを入れないことと、検算を分離していることを書きました。今回は、もっと正直な話です。
この回が効くのは、コストの予見性です。
- いまの段階では、図面は人が描いたほうが速い場面が多くあります。
- それでもAIに描かせています。作図の規則が文書として残るからです。
- 構造モデルの交換データにも、AIが直接部材を書き込むところまで来ました。
速いほうを、あえて選んでいない
ここは正直に書きます。
いまの段階では、図面は人が描いたほうが速い場面が多いです。
細かい納まり、注記の位置、引出線の逃がし方。経験のある設計者が手で描けば、AIに指示を出して直させるより速い。分かっています。
それでもAIに描かせています。理由は1つです。
1枚の図面か、規則の1項目か
人が描けば、図面が1枚できます。それだけです。描いた人の頭の中には規則が残りますが、外には出ません。
AIに描かせると、図面が1枚できて、そのうえに作図の規則が文書として残ります。
- 破線で表す部分の線種と、その尺度をいくつにするか
- 注記の文字の大きさと、引出線の折れ方
- 一括で線を動かすとき、どう範囲を決めて、何を数えて確かめるか
- 溶接記号の三角の向きを、矢の向きに合わせて反転してはいけない理由
これらは、人が描いていたときには誰も書き出していませんでした。手が覚えていたからです。AIに描かせる過程で、1項目ずつ言葉になりました。第3回に書いた12本の作業要領は、そうやってできています。
比べているのは「今日の30分」と「来年の3日」です。今日は損をします。来年の同じ作業では、規則がある側が確実に速い。
前回の連載の第1回で「道具を入れた直後は、むしろ手間が増える」と書きました。当社はいま、その期間を意図して受け入れている、ということになります。
学習させている、という言い方が近い
社内では「AIに学習させている」と言っています。
厳密には、AIそのものが賢くなっているわけではありません。賢くなっているのは当社の記録です。共通ルール、作業要領、引き継ぎ。ここに書き込まれたものが、次のセッションのAIの実力になります。
人を育てるのと構図は同じです。育てている間は、自分でやったほうが速い。それでも任せるのは、来年その人が戦力になっているほうが得だからです。
プログラムも、できるだけ作らせる
当社が使っている処理のプログラムは、ほぼAIが書いたものです。
解析データの変換、図面の生成、検算、書式の整形。人が仕様を決め、AIが書き、人が結果を検証する。この分担で回しています。
ただし、制約があります。AIの利用は無料ではありません。
前回の連載の第4回で、作業ごとの負荷を実測した話を書きました。画面を操作させる作業が全体の6割を占めていた、というものです。あれ以来、「何をAIにやらせるか」は品質だけでなくコストの判断でもあると考えています。
判断の基準は単純にしています。
一度きりの作業は、人がやる。二度目がある作業は、AIに書かせて残す。
一度きりのものにプログラムを書かせると、書く手間のほうが高くつきます。逆に、二度目があるものを人がやると、二度目も三度目も人がやることになります。
第3回に書いた「2件目で共通の作業要領に昇格させる」と、同じ線引きです。
データも、AIが直接入れている
もう1つ、この2週間で実務に入ったことがあります。
構造モデルのデータに、AIが直接部材を書き込んでいます。
ST-Bridgeという交換フォーマットがあります。前回の連載の第3回で触れた、構造モデルをソフト間で受け渡すための共通形式です。節点、部材、断面、材料を持ちます。
このファイルを、AIが直接書いています。柱、大梁、小梁、スラブ、水平ブレースまで。従来は、一貫計算ソフトの画面で1本ずつ入力していた工程です。
ただし、線引きがあります
全部を任せているわけではありません。分担はこう決めました。
| # | 誰が | 何を |
|---|---|---|
| 1 | AI | ST-Bridgeで形状を作る(柱・大梁・小梁・スラブ・水平ブレース) |
| 2 | 人 | 一貫計算ソフトへ読み込み、計算条件を整理する |
| 3 | AI | 荷重の表を、貼り付けられる形(列の順を合わせた表)で用意する |
| 4 | 人 | 表計算ソフトからコピーして貼り付ける |
| 5 | AI | 貼り付け後の画面を1枚だけ確認して検算する |
4のあとは、ST-Bridgeに戻りません。
理由があります。ST-Bridgeは形状しか運びません。荷重も、仕上げも、計算条件も持たない仕様です。だから一度読み込んだあとに形状を作り直して読み直すと、入れた荷重と条件が失われます。
形状の修正が必要になったら、ファイルを作り直すのではなく、ソフト側で直す。この一点を守っています。
これも失敗して決めました
この線引きは、頭で考えて決めたものではありません。
ある案件で、外部で作ったST-Bridgeが読み込めず、ファイルを9版作り直しました。中身が悪いのだろうと考えて、書き方を変えては試す、を繰り返したのです。
原因は中身ではありませんでした。読み込みモードの選択でした。ソフト側が「差分読み込み」を既定にしていて、外部で作ったファイルはそのモードでは受け付けない仕様だったというだけの話です。
分かった時点で、共通ルールにこう書きました。
読み込みエラーが出たら、まず読み込みモードを疑う。ファイルの中身を疑うのはその後。
9版ぶんの時間の代償が、この2行です。安くはありませんが、二度目はありません。
なぜここまでやるのか
前回の連載の最終回に、こう書きました。
人がやること/機械がやることの線引きは固定ではありません。条件を書けるようになったものは、順次機械に移していきます。
いまやっているのは、その「条件を書けるようにする作業」そのものです。
作図の規則を言葉にする。検算の条件を数値で書く。分担の線をどこに引くかを、失敗のたびに1行ずつ確定させる。
この作業は、今日の生産性にはほとんど寄与しません。むしろ今日は遅くなります。それでも続けているのは、書けたぶんだけ来年の線引きが動くからです。
発注者・意匠事務所にとって何が良くなるか
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| コストの予見性 | 一度確立した規則が残るので、同種の作業が回を追うごとに速く安くなります |
おわりに
次回からは、業界の中での立ち位置を書きます。他社がAIをどう使っているかを調べました。
構造に係ることでしたら、お問い合わせからご相談ください。企画段階のご相談、構造計算のレビュー、耐震診断など、内容を問わず承っています。
設計の進め方は技術のページに、これまでのプロジェクトはギャラリーにまとめています。
第7回|手を出さない — 横やりを入れない
----------------------------------------------------------------------
CODESIGN STRUCTURES株式会社
住所 : 東京都目黒区中目黒3丁目6−4
中目黒NNビル102
電話番号 : 03-3793-0456
建築の構想を実体化する設計
----------------------------------------------------------------------
